アートって、よく分からない。
なんていう声をよく聞きます。
特に抽象絵画やポップアートなど、対象物を独自の解釈でキャンバス上に表現したような作品に関しては、抵抗を感じる人も少なくないのでは?
今回は、そんなアートに対するあなたのコンプレックスを払拭してもらいます!
アートは理解するもんじゃない!
絵画に限りませんが、アートは頭で理解するものじゃありません(笑)
もちろん、作者にしてみれば、そういった作品を完成させるに当たってたどったプロセスには、それなりの考え、理屈、主張もあるでしょう。
でも、そうした作り手の考えや理屈、主張は、観る側の私たちには100%関係ありません。
作者がその作品を作成し、完成した後に公開した時点で、それはすでに作者の意図とは無関係に一人歩きを始めます。
作者の伝えたいこととは裏腹に、全く異なったメッセージが観るものに伝わってしまう、なんてことは普通に起こります。このメッセージにしても、観る人の数だけ異なったものとなるわけです。
これは絵画でも小説でもオブジェでも同じこと。
頭ではなく、心で!
つまり、作者の思いがこもったアート作品は、完成した途端に「見るものの主観」によって無数の意味を持ってしまう。
だとすれば、そもそもそれらを「正しく理解」すること自体に何の意味があるのでしょうか?
私見ですが、アートは理解するものではなく「感じる」ものです。
そこに小難しい理屈は不要なんです。
シュルレアリズムがどうした、キュビズムがこうした、ダダイズムがああした・・・・・・
どうでも良いです(笑)
その作品を観て、あなたが何を感じるか。
それがアートを楽しむためのすべてです。
目に入るものが、あなたにどう突き刺さるか
さて、かなり乱暴な物言いをしてきましたが、作者がその作品を制作するに至った背景を知ることを否定はしません。
もちろん、その作者の生まれ育った時代、国、家庭環境、思想などを知ることで、作品を理解しようというアプローチは確かに有効です。
たとえば、第一次世界大戦という時代に対する抵抗から生まれたとされるダダイズムなどは、その背景があるからこそ作品の難解さが理解できるのかもしれません。
そういう背景を知ってダダイズムの作品群に触れることで、なんとも抽象的な作品に対しての興味が持てる・・・・・・そういう人もいることでしょう。
しかし、その作品が理解できるということと、その作品を感じるということは明確に分けられるべきです。
理解など出来なくても、観ていて何となく心がワクワクしてくる、この作品好きだな・・・・・・と思えるのであれば、それもひとつのアートの楽しみ方だと思うのです。
その作品と相対して、自分が何を感じるか。
そもそも「分かる」とか「理解する」必要などないのです。
そんなことは、一鑑賞者のあなたには全く関係ありません。
なんの基礎知識もなく、いきなり作品の前に立ち、それを鑑賞する。
そのときあなたが何を感じるのか。
何が突き刺さるか。
これが私の考える「正しいアートの楽しみ方」なんです。
そこで、私の大好きなアーティストの作品をいくつか紹介しますね。
出典:https://whitney.org/exhibitions/jasper-johns
これは、アメリカのアーティスト「ジャスパー・ジョーンズ」の作品です。
ジャスパー・ジョーンズについて、頭で理解したい人は、ネットで検索すればたくさんの情報が出てきますので、そちらをご参照ください。
ここでは、そういった知識を抜きに、この作品を観ていただければと思います。
あなたは何を感じるでしょうか?
もうひとつ。
出典:https://guyhepner.com/product/target-ii-by-jasper-johns-for-sale/
これもジャスパー・ジョーンズの作品です。
いかがでしょうか?
あなたが思ったこと、感じたことが、あなたにとってのジャスパー・ジョーンズのすべてです。
もしお気に召したなら、ジャスパー・ジョーンズの作品をいろいろと探してみてくださいね。
まとめ
今回は、アートの楽しみ方について私なりの考えを書きました。
私のこの考え方が正しいか正しくないか、それは分かりません。
分かりませんが、私はそうやってアートを楽しんできています。
このアプローチは、対象が絵画でもオブジェでも音楽でも同じです。
なんの知識もない作り手の作品の前に無防備で立ち、自分の心に突き刺さるものを感じる。
それがどういうものなのか、毎回ワクワクします(笑)
ということで、今回はこのへんで。
最後までお読みいただきありがとうございました。